3月11日

少し前の事になりますが、誰もが忘れる事の出来ないあの日

私は仕事場で電話をしていました。

グラッとしたので、私がめまいでもしたのかな・・・と思った次の瞬間、もの凄い横揺れで、地震の大嫌いな私は外の飛び出していました。

その時信じられない光景が・・・・・アスファルトの継ぎ目がパカパカしている。

何度も何度も揺れが来て、直ぐに帰ればよかったのに・・・

2時間後には電車が止まり、かろうじて池袋駅迄たどり着いたら、電車が動かず、バスも11時で終わり・・・・・こんな非常事態に・・・と呆れたのを覚えています。

3月の夜はまだまだ寒く・・・

でも、みんなの素晴らしいところは、それから5時間近く立ちっぱなしだったけど、行列で待っている人達の誰ひとり、不平を言ったり、声を荒げる人はいませんでした。

私の前に赤ちゃんを抱いたお母さんが立っていて、赤ちゃんも事の大変さをわかってるように泣き声一つあげませんでした。

待っているあいだ、前後の人と話していると、何時もは家にいるのに、今日はたまたま友人に会いに埼玉まで行った帰りとのことでした。

電車の中で、車掌さんがレインボーブリッチが危ないと言っていたそうです。

色んな話が出でいたようです。

寒風の中、長い時間立ちっぱなしでも、さほど足は痛く無かったと記憶しています。

あまりの寒さに前後の女性3人(初対面)で居酒屋に入り、鍋をいただきました。
どんな状態でも、ちょつと環境を変えてみると、気持ちも少し落ち着き、暖かいものが胃に入ると、ちょっとだけホッとしました。

やっと電車が動きのろのろ運転で渋谷まで帰って来て東横線のホームに入る手前、夜中2時前でしたがもの凄い人数の人達が、静かに電車に乗る順番を待っていました。

日本人ってすごいと改めて感動しました。

東横線は全て各駅停車でやっと帰ってきました。
駅に着いたら2時過ぎ・・・

でも街は何事も無かったように静まり返っていました。
駅から沢山のひとたちが、真夜中自宅に向かって歩いていました。

 

 

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